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2009/12/28

燈燈無尽(とうとうむじん) 斉藤とも子さんのお話

■2009年11月6日(金)
小松称名寺 斉藤とも子さんを囲んで、お話の会を開く。
主催は平和サークル、いろりの会。

50人ほどの人が集まってくださり、ともkさんのお話がはじまる。

Tomoko009女優という仕事をするまでのこと、家族のこと
出会った人からいただいた言葉
そして原爆小頭症患者の方、そしてご家族との出会い。

 ややもすると重くなってしまいそうなテーマなのに、とも子さんの言葉からは「人間のすばらしさ」「生きていく、この先の未来を見つめること」「できることをつなぎ合わせていく大切さ」「希望を持つこと」「誠実に向き合うこと」を感じた。

灰谷健次郎の「恩送り」の話。
今自分が受けている恩は、この先であう人に送っていく。そのことでつながっていく。

畠中さん(原爆小頭症、百合子さんの父親。故人)の言葉。
国と国とが信頼しあわないで互いにいがみ合っている。こういう状態ではなんにもうまれてこない。「あっちが悪い」「こっちが悪い」と言い合っているだけだったら、いつまで経っても関係は築けない。自分たちの世代というのは根深い物がいろいろあるから、なかなか仲良くなるのは難しいが、これからの若い人たちというのは、それこそ草の根というか、個人対個人でつながって、きっとお互いが仲良くなって、信頼関係を築いていくとができると思う。だからこれからの若い人たちには本当にいろんな国の人たちとかいろんな境遇の人たちと仲良くなって、手を取り合って、信頼関係を築くってことをしてほしい。

燈燈無尽
 一本のろうそくというのは燃え尽きてしまえばそこで消えてしまう。でも、消えてしまう直前にもう一本のろうそくに火を移したらまたその火はつながっていく。またその火が消える直前に次の一本に移せばまたそのろうそくの火はつながっていく。一本のろうそくの力っていうのは限りがあるけれど、そのたった一本が、たった一つでもいいから次につなげていけば、その火はずっと消えることなくつながっていく。そのろうそくの火と同じように、自分の話を聞いた人とか、百合子さんに出会った人がそのことを忘れないで誰か一人でもいいからそういうことを伝えてくれたら、自分たちの存在もずっと残っていく。そのことも無意味でなくなる。

 畠中さんは、このお話の会のちょうど1年前、2008年11月6日に亡くなられた。この日が命日だったのだ。なんという偶然。

 さらにとも子さんはこう続けた。
 私が今一番思っているのは、「人の思いっていうのは、実はすごい力を持っているんじゃないか」ということ。

 祈りとかというと、祈ってるだけだったらなんにもならないじゃないかと言われたこともあるが(私も最初はそう思っていたが)、でもいろんな活動をしていって、世界平和の祈りって、ただひたすらひたすらな、どこのことも批判せず非難せず評価せず、すべてを包み込んでただひたすら世界中が平和でありますようにと祈り続けている人がいる。そういうものに出会ったときに、私自身がなんか、すごい力をいただいた。

 そういう祈りとか思い、いつも何か自分が思っていることというのは、実は波動みたいなもので、出しているそうなんです。 そういう研究をしている人たちがいて、それは光とか音とか、音波とか言いますよね、ああいう波動の波みたいなものよりも、もっと細かい、想念波動というものが、皆さんお一人お一人から、目には見えないんですけど出てるんですって。
 その人が何を思っているかってことで、それを地球に出し続けている。で、たとえばマイナスのこととか暗いこととか憎しみとか恨みとか、そういう物ばかりだと、そういうエネルギーを常に出している。そういうエネルギーというのは、同じ物同士が引き合うんですって。
 テレビっていうのは電波ですよね。でもチャンネルを合わせないとそれが入って来ないじゃないですか。そのチャンネルを合わせるのと同じで、自分が出している想念というのはそのチャンネルみたいな物なので、自分がいつも思っていることが、同じ思いが引き寄せあうっていうことがあるらしくって、だからマイナスのことばかり出していると全部が集まってきて、それがたとえば戦争とか、いろんな自然災害とか、いろんなことにつながっていくらしいんです。
 でもそのかわり、「いつも感謝」とか「みんなが平和でありますように」とか思っている人からは、そういう『いいエネルギー』がいつも出ていて、そういう物同士が引き合っていくので、そこには明るい前向きな物が創造されていくらしいんです。そういうことを科学的にも研究されているみたいで、免疫的な観点からも研究されている方達がいらっしゃって、それはかなり確実な物なんだなぁと私は思っています。

 行動を起こすことはすごく素敵なことです。でも、やっていって私は時々わからなくなるのは、行動されていることも、実は本当は「どこまでが本当なのかわからない」って事が、実はあるんです。すごく悪者のように言われている人は、実はそうではなかったり、その逆のこともどうもあるみたいだなと。
 そうするとね、たとえば原爆のことで言えば、アメリカは悪い悪いと、たとえば単純に言っちゃったときに、本当にそうやって考えていくと本当にそうなんだろうか?と、ちょっとわかんなくなっちゃうことがあるのです。で、ずっとそれを研究していくのも一つだと思うんですけど。「ほんとはどうなんだろうな」って。
 でも私は自分で、やっぱりその才能・能力がちょっとないなって思って、そしたら、もうどうしてもそのわかんない事を、誰が悪かったって事を言うことよりは、「これから先よりよくなるために、どうしたらそうなるだろう?」という、そっち側の方に、とりあえずエネルギーを使っていくことをしたいなぁって、思うようになりました。
 後はひたすら心の中で、祈り続ける。
 人間っていうのは、すべての人がみんな、太陽みたいな魂を持って生まれてきた。どの国の人もどんな階層の人も。でそれは、おそらく皆さん、赤ちゃんを想像してみてください。どんな国の赤ちゃんでも、うまれたとき、すごい悪人って絶対いないと思いませんか?ほんとに真っ白の光り輝く存在として、どの肌の色の人もそうだと思うんです。そういう本来人間が持っている、キラキラの太陽そのものの魂を持っている。だけどうまれて生活していく間に、いろんな状況、虐げられたりとか、テロとかもそうだと思うんですけど、そういう環境にあったとか、自分の親が殺されたからやり返したいとか、そういう見えない物がいっぱい積み重なってると思うんですね。そういう、雲とか雨とかいろんな物が覆い被さって、太陽が見えなくなっちゃってる人がいっぱいいる。
 だけど、どんなに見えない人も、太陽は持っている。今真っ暗になって見えなくても太陽はありますよね。あるけど私たちには、地球の向きとかによって太陽は私たちの目には見えないけど、太陽があるって事は、皆さんもうわかってらっしゃるとおもうんです。
Tomoko023 その太陽の存在を信じるというか、どんな人の中にも太陽があるんだって事を信じて、その人の太陽が目覚めてくれるように、キラキラ輝いてくれるように、その人がうまれた目的っていうのは、絶対太陽みたいな心を輝かせるため、どの人もうまれてきているはず。何らかの状況でそれができないから、違う形になってうまれてきているから、それが周りの雲とか雨とかを払って、太陽が光り輝くようにっていう、そういう思いで、世界の人たちが平和でありますようにとか、その方の天命が全うされますようにとかいうお祈りを、常にするんです。
 どんなニュースを見てもどんな事件を見ても「あの人やだ」とか「こんな事件!」とかじゃなくて、ひたすらそこに、それだけを送り続けるって事を、今仲間達とひたすらやっています。
 それは目に見えないことかもしれないけど、確実にそういうことをやっていると『自分の周りの状況って、本当に変わっていく』んですね。

祈るということ
批判非難評価しないということ
感謝するということ
信じるということ

いろいろな言葉が、心の中に入ってくる

 そして一冊の本を取り出して読んでくれた。
Tomoko033 本の名前は「心の中の足あと」 西園寺 由佳 (著)
 その中の「クロッシング・ザ・ライン」というワークショップの下りを朗読してくださった。

 このワークショップは、それぞれがお互いを信頼し、自分をさらけ出す必要があり、自分の安全地帯から一歩踏み出し、時には危険地帯と思われる場所まで自分を持って行く必要がある
 参加する、しないはそれぞれの自由な選択に任せるが、いったん参加すると決めたら、自分をさらけ出す約束をしてほしい

ルール
*************************

※まず、3mほど距離を置いた2本の境界線を引く
※そのうちの一本の線に全員が立たされる
※進行役の人の言葉に当てはまる人だけが、もう一方の線まで歩き、当てはまらない人はそのまま立っていてお互いに向き合う
※それぞれ向き合う相手の目を見て、また元の線に戻ってくる

*************************

Tomoko044男性 と言われれば、男性だけ移動し、女性と向き合う
その時、向き合うのは異性、横を見渡せば同性
また元の場所へ戻る時、進行役の人が必ず、越えていった人の心に残るメッセージを送る
男性としてずっと期待され続けていたり、男なら泣くななどといわれていたかもしれないが、人間として、時には弱音を吐いてもいいということを知っていてください・・・と言ったメッセージが送られるのである。
同じように、「アジア人」「25歳以下」「既婚者」と呼ばれるたびに、当てはまる人は線を越え、その度にメッセージを送られ戻ってくる。

反対側の人と向き合う瞬間は、何となく不思議な感じがするもの
そのカテゴリーで相対するものと向き合うと、そこに見えない境界線を感じるからである。

最初は内容が内容だけに、お互いに微笑み合い、線を越えていくのを楽しんでいた

次第に内容がどんどんシビアになっていく

「自分の外見で差別された経験がある人」
「両親が離婚している人」
「自分の体型にコンプレックスを感じたことがある人」

皆の顔から笑顔が無くなり、線を越える人は顔を上げなくなっていった

そしてある時点から私は一切動かず、ただ線を越えていく人を見続ける立場になっていた

「身内にHIV感染者がいる人」
「家族が貧乏だったため、夜、空腹のまま眠る日々を過ごしてきた人」
「警察に不当に逮捕されたり、暴力を受けた経験がある人」
「戦争で身内を殺された人」

無言で線を越えていき、涙をためながら立つ男女の顔を見ると、本当に胸が締め付けられるような思いでした。
さっきまでともに、平和について話し合い、お互いの信念を理解し合い、意識も全く一つで、ともに笑い、ふざけあい、全く一緒と思っていた仲間達が、日本人の自分には想像もつかぬ、つらい、苦しい体験をしていたのです。

皆のことはだいたい把握できていたと思っていた自分の浅はかさが恥ずかしくなりました。と同時に、皆が苦しんでいる姿を見ても何もできず、ただ無力に達続ける自分が情けなくて、涙が止まりませんでした。

すべての題材が終わり、今度は皆が一つになりそれぞれが言いたいこと、伝えたいことを順番に話した。多くの人は自分のつらい体験を、皆ともっとシェアしたいと、その時の経験をもっと詳しく、涙を流しながら話していました。そして自分の番になり、謝らずにはいられませんでした。

私はつらい体験をしているから泣いているのではなく、自分が元の線に達続け、つらい体験をしてきた人をただ見ていることしかできなかったことに対して、そして皆が線を越えていかなければならなかったことに対して、本当にごめんなさいという気持ちでいっぱいだったことを伝えました。そして、私の胸の内を明かしました。それは昔から自分の中にあった葛藤で、なんの苦しい経験をしたことがない、戦争も、貧困も経験したことがない自分が、本当に人々に平和を訴え続けていいのか。これまでも多くの人々と平和について語ってきたけれど、そこに至るまでの経験が遙かに異なり、平和という単語一つについても、その重さが違う。自分の中にある思いをすべて伝え、最後にもう一度、ごめんなさいと謝った。

これは私個人というよりも、人間として、またこういう事がまだ起きている社会の代表としてこみ上げてくる思いでした。

アフリカ人の青年が、話したいと私のそばに来てくれた
彼は何度も何度も、私の前で線を越えていきました

そんな彼が、まっすぐ私の目を見つめて、こう言ってくれました。
「由佳、由佳の存在は光と希望そのものなんだよ。僕や、アフリカの多くの人にとって、由佳の存在は平和そのものなんだ。確かに僕たちはつらい経験をしてきた。そして、平和を築きたいと必死に思うけど、それは光そのものではないんだ。平和そのものではないんだ。由佳の存在が平和への希望となると知っていてくれ。僕たちの勇気となることを、決して忘れないでいてくれ。」

これを私は、私個人に送られた言葉ではなく、平和の中できる日本人に言われた言葉として受け止めました。私と同じように、自分にはその資格がない、権利がないと思う日本人も少なくないと思うのです。でも、つらい経験をしたと言うことだけが平和を訴える資格にはならない、平和の中に生きながらも、いえ、生きるからこそ、この世でできることがあるのだ。

経験がないからと卑屈になるのはもう卒業しよう。それは自分自身に対する弱さであり、頭と知識のみで考えた、机上の理屈であるのだ。

経験していないとわからないことがある
経験していないからこそ、わかることもある

経験していないとできないことがある
経験していないからこそ、できることもある

でも、すべての経験をすることは、誰もできない

だからこそ、自分の経験や環境を通して、すべての人の平和を願い、伝えていかなければならないのです。

そう考える余地を、彼は私に与えてくれました。

何より、より多くの人がお互いの経験から学び合い、協力し合い、支え合い、相手のことを思いながら、よりよい世界を築いていくことを努力して行くことが大切なんだ

誰もすべてを経験することができないからこそ、相手の存在と意見が大切なんだ。だからこそ、自分のカラーと体験に、そして恵まれている環境に心から感謝し、大切にしながら、その中で最大限できることをし続けよう。

自分自身の中でそう誓う勇気を、彼は私に与えてくれました。

++++++++++++++++++++++++

すべての体験はできない
だから、相手の存在と意見が大切

自分には体験がない、申し訳ないと言う気持ちではなく
話を聞きながら、「この人の天命が全うされますように」とただひたすら祈ることで、聴くときの心持ちが変わっていった
自分が聴く意味がわかった


そういう思いで、原爆水頭症のご家族の方からお話を伺い、このような事実があったこと、そして二度とこのようなことを引き起こさないためにもと言う思いで書き綴ったのが 「きのこ雲の下から、明日へ」という本だった。


平和へのねがい、祈り。
経験していない自分たちにもできることがある。
伝えていけることがある。

「ご自分の存在を、愛おしく思ってほしい」と語るとも子さんの話を聞きながら、これまで出会ってきた人たちからいただいたことにつながる不思議を感じていた。
同じ波動を持つものは、必ず引き寄せ合い、出会うのです。
きっとこれからもずっと、そういう不思議なご縁がつながっていくのだろうなぁと、感動を持ちながら考えた夜でした。

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コメント

現在の斉藤さんてどうでしたか。実物に出会えて良かったですねー。

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